小代焼

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仕事の後、店で素敵な急須を見つける。小に代で小代焼と言うのだと教わる。
家でネットで調べて見る。歴史も古く寛永9年に豊前(小倉)から転封された細川忠利が
仰せつかり熊本で立ち上げたものらしい。
五徳焼きとも言われていたゆえんがあり、冷蔵庫の無い当時腐らない、臭いが移らない、湿気を防ぐ、毒消しの効果がある=延命長寿につながるというもの。

陶器でいて硬さ、密度の高いものであり、空気を極力含まずでこぼこに菌が入ることが無いから?
そして塗りで鉄分を多く含むことで腐食を遅らせることができたのだと思います。
小岱山で取れる土を一度ごみを取り乾燥させ、やわな状態でバクテリアを繁殖させると
焼いたときにつながりが良くなり密集率も高くなる!蕎麦と少し似ていますね。
バクテリアは育てませんけれど。(笑)
密集率は蕎麦のつながりに大きく関わりますから、場所においては多少置くところがあります。
少し置いて空気を抜く、または水分をなじませそのことを「熟成」という言葉で表現してるのかも。

話は戻りますが、陶器の中でj重宝されたものであったわけですが、
小岱焼きが絶滅に追い込まれた時代があったほど
全ての陶器は磁器に負かされ危機に陥ったという経緯があるのだと思います。
この塗り薬を大胆に美しく掛けるあーティスティックな技は誰にでもできる物ではないですね。

しかし青小代、黄小代、白小代などを見るとこの作品は素晴らしいことが分かったことと
実家でも使っていたことが記憶によみがえりました。
多分母はあまり詳しくは知らなくて素敵だから使っているだけだと思うけれど、
私が大学に行かないと宣言した際、「故:金城次郎氏」の釜へ行け!
電話して頼み「修釜」しなさい!!と進めたことがあります。

電話してみました。甘えん坊な私は二郎さんの娘さんのすみこさんに
「18?そうね、ジローが教えるわけでなく職人にも困ってないけど、本気ならお会いしましょう」という
ありがたい言葉を頂いたのに「やっぱ知らない世界は怖いからやめる!」
噛み付くことも無くやめたくらい信念がなかったなぁ。それが今とリンクするのが運命っス!
それはそうと母は一言も言わないけど使っているものを見ると実は焼き物が好きなのではないかと・・・。

今は素晴らしい作品と触れ合うだけですが、母に近づけて嬉しい気がします。
母ネタで興奮して夜更かししすぎ(初めて起きてられ)ました、おやすみなさ~~~い!
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by noegon8p | 2009-02-13 01:31 | 民芸MINGEI


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