カテゴリ:民芸MINGEI( 6 )

佐久島 満愛貴で見た作品たち

ガラス・石井康冶 陶器・森正 内田鋼一 など。 天井の板・昔の船

More その写真です
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by noegon8p | 2010-02-14 17:06 | 民芸MINGEI

銀座 珈琲のランブル

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昭和23年以来、美味しい珈琲一筋で有名なランブルです。私はハワイアン珈琲。
カップもハワイに統一・・・ここで1人で本でも読みながらなんて渋いかも。
私は初めて行って、借りてきた猫のようにドキドキしたけど
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by noegon8p | 2010-01-07 22:18 | 民芸MINGEI

丹波焼

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瀬戸、常滑、信楽、備前、越前、そして丹波が日本六古窯なんだって!
桃山時代には穴釜を使っていたんだそうですが今は登り窯。左回転のロクロを使っているのは日本では珍しい。
1300度の釜の中で松薪の灰が釉薬と融け合って窯変し、
「灰被り(はいかぶり)」と呼ばれる魅力的な色や模様が一品づつ異なって表れるのが
丹波焼の大きな特徴なんですねぇ。
「丹波の七化け」と呼ばれるくらい、釉薬や技も使いますから窯から出して見ないとどう化けるか分からないという
数々の変化を遂げる民芸なんですねぇ。

そばんちさんでも丹波の作家さんが料理の器に使われていました。
今度訪れるときはぜひ窯回りもしたいものです。
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by noegon8p | 2009-03-15 19:52 | 民芸MINGEI

小代焼

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仕事の後、店で素敵な急須を見つける。小に代で小代焼と言うのだと教わる。
家でネットで調べて見る。歴史も古く寛永9年に豊前(小倉)から転封された細川忠利が
仰せつかり熊本で立ち上げたものらしい。
五徳焼きとも言われていたゆえんがあり、冷蔵庫の無い当時腐らない、臭いが移らない、湿気を防ぐ、毒消しの効果がある=延命長寿につながるというもの。

陶器でいて硬さ、密度の高いものであり、空気を極力含まずでこぼこに菌が入ることが無いから?
そして塗りで鉄分を多く含むことで腐食を遅らせることができたのだと思います。
小岱山で取れる土を一度ごみを取り乾燥させ、やわな状態でバクテリアを繁殖させると
焼いたときにつながりが良くなり密集率も高くなる!蕎麦と少し似ていますね。
バクテリアは育てませんけれど。(笑)
密集率は蕎麦のつながりに大きく関わりますから、場所においては多少置くところがあります。
少し置いて空気を抜く、または水分をなじませそのことを「熟成」という言葉で表現してるのかも。

話は戻りますが、陶器の中でj重宝されたものであったわけですが、
小岱焼きが絶滅に追い込まれた時代があったほど
全ての陶器は磁器に負かされ危機に陥ったという経緯があるのだと思います。
この塗り薬を大胆に美しく掛けるあーティスティックな技は誰にでもできる物ではないですね。

しかし青小代、黄小代、白小代などを見るとこの作品は素晴らしいことが分かったことと
実家でも使っていたことが記憶によみがえりました。
多分母はあまり詳しくは知らなくて素敵だから使っているだけだと思うけれど、
私が大学に行かないと宣言した際、「故:金城次郎氏」の釜へ行け!
電話して頼み「修釜」しなさい!!と進めたことがあります。

電話してみました。甘えん坊な私は二郎さんの娘さんのすみこさんに
「18?そうね、ジローが教えるわけでなく職人にも困ってないけど、本気ならお会いしましょう」という
ありがたい言葉を頂いたのに「やっぱ知らない世界は怖いからやめる!」
噛み付くことも無くやめたくらい信念がなかったなぁ。それが今とリンクするのが運命っス!
それはそうと母は一言も言わないけど使っているものを見ると実は焼き物が好きなのではないかと・・・。

今は素晴らしい作品と触れ合うだけですが、母に近づけて嬉しい気がします。
母ネタで興奮して夜更かししすぎ(初めて起きてられ)ました、おやすみなさ~~~い!
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by noegon8p | 2009-02-13 01:31 | 民芸MINGEI

焼物 九谷焼

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谷焼の歴史は、江戸時代初期さかのぼります。前田利治(まえだ・としはる)が、
九谷村で磁鉱が発見されたのに着目し、肥前有田で製陶を学ばせ、窯をたちあげたそう。

そのご享保に突然、窯を閉じるという謎がつきまとってますが、大名好みの器で日本の代表的な
着物のような絵はとても美しいですよねぇ。

古久谷の派手な色合いから始まり、見て飾って楽しめる美術品としての価値は高いですよねぇ。
もしかして、お茶の間に絵のように大皿を飾るのはこの時代から???
いまの久谷は日本的美術に大きく影響力を与えている金沢らしく、多種多様でそれぞれの作家さんが
久谷の代表のような作品を出してらっしゃいますね。

金沢に出かけたとき購入したものと、頂いたものがございます。
この大皿に鯛を焼いて置いてみたい・・・・(めで鯛~な~)
全て気に入っているものばかりですが
私は訪れた時に買えなかった新久谷作家の「仲田錦玉さん」の茶香炉が未練でした。

それは「盛金絵付」と呼ばれるものですが、濃い青ではなく薄い空色にプツプツと点をガンガラで盛りあげてあって
盛り上がった部分が白に近い色で蓋の部分に少し金で飾り絵をほどこしたもの。私的には器というよりやはり香炉かなぁ。

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by noegon8p | 2009-01-14 01:17 | 民芸MINGEI

焼きもの 第一弾 壷屋焼き

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琉球における焼物の歴史は、土器を除くと、高麗瓦等から始まるらしい。
1609年に薩摩の治政下におかれ海外貿易が下火になると、
琉球王朝の尚貞王は産業振興の目的で薩摩から
朝鮮人の陶工(一六、一官、三官)を招いて、湧田窯で朝鮮式陶法の習得に力を入れ始めた。
この時から上焼が焼かれるようになり、現在の「壺屋焼」が誕生したのだそう。

安値の陶磁器などが一般に使われるようになると一度、壺屋焼は最大の危機に立った。

だが民芸研究家や陶芸家の第一人者である
柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司等が来沖し壺屋焼の陶工に技術を研磨させ
沖縄工芸の素晴らしさを東京や京阪神に発信したことにより壺屋焼は廃絶を免れ
壺屋焼の陶工達は自信と誇りを取り戻し、戦後に望みを繋げた。

その詳しい説明はこちら
沖縄の陶器には荒焼(あらやち)と 上焼(じょうやち)の2種類があります。

More 廃止になった窯後
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by noegon8p | 2009-01-12 13:38 | 民芸MINGEI